『転んでもただでは起きたくない』

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私は失敗することが嫌いだ。
そもそも、失敗するのが好きな人なんていないのかもしれないけれど。

失敗すると、「どうしてこんな風になってしまったのだろう」と考える。
ついてないなあ、とか、私ってば何か悪いことでもしたのだろうか、とか。
ただ、それもちょっと前までのお話。
最近はそんなことを考えるのをやめたのです。
失敗した理由なんて考えれば考えるほど悲しく、みじめな気持ちになることに気が付きました。
最近やるのは、まずは失敗したという事実をしかと受け止めること。
「あの時こうしていれば」なんて考えても時間は戻らないので、やめることにしました。
その次に、その失敗は私の未来をどう良くしてくれるのかを考えます。
昔は「人生に、起こらないほうが良かったことなんてない」という言葉を聞いて、「そんなのはキレイごとだ!」と噛みついていたけれど、起こらないほうが良かったことなんてないのではなく、転んだとき(失敗した時)には、絶対に何かを手にしてから立ちあがることで、結果的にそうなる、いや、そうする、ということに最近気が付きました。
だから最近の私は、転んだ時、地面にはいつくばって、その地面に落ちているもので自分の糧になりそうなものを絶対拾ってから起き上がるんだ、と思っています。